バーへ行こう

C楽しさを見つけよう 
 バーは別段、どのような用途であろうと問題はない。昔は、待ち合わせに多く
使われていたのはバーであった。一人時間にヤキモキしないでも、バーテンダー
との話などをしながら待ち時間を有意義に過ごすこともできる。もしも相手が遅
れてこようものならば、一杯ご馳走になればいいし、その後に埋め合わせをいく
らでも要求できるだろう。

 嗜好品としての楽しみを見つけた人は、自分が知らない世界をバーテンダーに
要求すればよい。それに答えるように日々努力をしているのだから、その努力を
活かせるほうが良い。これはバーテンダーにとっても、お客様側にとっても良い
ことなのだろう。

 食事をした後などは、食後酒を飲みにくればよい。食中の酒をふんだんに用意
している店はあるが、食後酒が弱い場合は、バーにお任せということもあるのだ
ろう。行き着けの店で好みがわかってもらえているのならば、尚楽しい酒になる
だろう。

 今は一箇所で食前からデザートまで楽しめる店もあるが、たまには、場所を変
える楽しみを味わってもらいたい。また違った自分や相手の顔が見えてくること
だろう。

 本来、社交の場として存在するのであれば、嫌味にならない程度で、カウンタ
ーのみの知り合いを持つことも可能である。お互い仕事も名前もしらない。けれ
どもいつものバーに行けば、いつもの顔ぶれがあり、普段話をしない人と話すこ
とによって違った世界も見えてくるはずである。

 自分なりの楽しみを見つけることによって、バーは明日への活力をくれるだろ
う。

 バーテンダーも明日へと繋がるカクテルや酒をチョイスしてくれることであろ
う。それをしてくれないバーは、よく言われるように「テンダー=優しい」にな
らないのだから、お客さまのほうでその呼び名を使用しなくても、店をしなくて
もかまわないと思う。人が介在しているからこそ、他人の邪魔をしない。けれど
も自分もそれに輪をかけて楽しまなければならないと思う。

 嗜好品として酒を好む。それを楽しく、自分の人生の抵抗に対する発散方法と
して、明日へ繋いでいければきっと人生は変わってくるだろう。

B大人だからこそ、カウンターでは
 カウンターは共有の空間である。だから、自分たちだけが楽しめばいいという
ものではない。
まず、カウンターに座る際には、自分が飲みたい酒がある場所に座
るのが一番である。バックバー、いわゆる酒が陳列されているバーテンダーの後ろ
にある棚に並ぶ酒の位置を確認するのが良い。

 そしてカウンターに座った際には、絶対に荷物は上に置かないことである。カウ
ンターには必要最低限のものは置かないことが原則となる。バックなどを置くこと
は、本来置かれるべき酒を置くスペースが狭くなるし、隣の方の迷惑になる場合も
あるのでやめたほうが良い。

 バーは大人の空間だからこそ、大人がそこに存在しなくてはならない。だからこ
そ前記でも書いたように、大人ゆえの物語が存在するのである。

 とりあえず、共有の空間であるから、他人の存在を認識しつつ、自らの楽しみを
追及すれば良いのである。単純といってしまえばそれまでの問題である。


A嗜好品に眼を向けよう
 バーに入ったらまずメインになるのは酒である。売り物はここである。
 このところ個人的には居酒屋という言葉に違和感を覚える。酒という文字が入り
ながらも、酒をメインにしているどころか、とりあえず置いておけばいいというも
のが多い。食事をメインにするのであれば、居食屋にすればいい。けれども酒とい
う文字をつけておくのは、酒という言葉に吸い寄せられる人が多いからであろう。

 けれども酒離れが各国で起こっている現状がある。フランスなどでは2000年
を超えてから、ワインの消費量が減っているとも言われている。日本でも酒を飲み
たがらない若者は後を絶たない。上司と飲みにいくと無理に酒を飲まされることが
あるので行かない。悪酔いをしている人を見るとそれが無駄に思える。などという
意見が聞こえてくる。

 酒を麻薬的要素で飲む場合と、嗜好品として飲む場合はかなり違うものになって
しまう。麻薬的要素で飲む人が増えると場合によっては規制される場合もあるだろ
う。ただ、安い酒を大量に飲めばいいという人は、酔いたいだけか、アルコールに
強いということを誇示するだけのどちらかになってしまうだろう。現実逃避のため
に飲む人もいる。それが無駄に思える人も多いだろう。

 現在は自らの趣味にしか金を使わない層も出てきている。興味がなければ金は使
わないし、興味があれば惜しまず使う。だからこそ、もっと酒が楽しいということ
を見せなければ、社会的に酒は罪悪であり、規制の対象にしかならない。

 タバコがまさにその例であろう。嗜好品であるが、害という言葉を貼られてしま
ったがゆえに、どんどんと行き場をなくしてしまっている。そして、愚かに吸う人
がいると更に規制される。そして金額まで市場とは関係なく、あげられてしまう。
横暴的な要素があるが、規制とはそういうものである。だからこそ、酒は規制され
ないように、自らが楽しめる状態を作っていかなければならないと思う。

 そりゃ、どうしても飲みたいときや酔いたいときもあるが、それだけではない。
だからこそ、そんな時にも酒が飲めるように自分たちで楽しむためにはどうしたら
いいかを考えてみてはいかがだろうか?

 嗜好品としての酒を飲む場合に、「味がわからない」という人がいるが、味わっ
たことがない、比較対照を持たない場合にはわかるはずがない。ビールはどこのビ
ールが好きだという人がいるが、何銘柄も飲んでいるから、ここが好きといえるの
だろう。そうでなければ、これしか飲んだことがないからということしかいえなく
なるはずだ。だから、味がわからないから飲まないではなく、味わってみて、数種
類の同性質酒を飲んでみて、初めて味というものを認識するのだろう。そこまでの
道のりは長いと思うかもしれない。けれども、少なからず興味が沸いた時に試して
もらいたい。気まぐれでいいと思う。ちょっとしたきっかけがあった場合に味わっ
てもらいたい。

 場合によっては、社交的な酒場であればとなりに座った人が自ら飲んでいるもの
を味見させてくれるかもしれない。薦めた人が悪意を持ち合わせているかどうかは
自らの判断と、バーテンダーの判断で見分ければいい。とりあえず色々な酒があり
それがたまたま自分の好きなものかもしれない。リキュールなどはさまざまな物が
材料となっている。ドングリもあれば蓬もバラもあるし、チョコレートだってリキ
ュールになっている。それを使ってもらい、どのような酒にしてもらいたいか、バ
ーテンダーに伝えてください。どんなに拙い言葉でもいいです。自らの意思を言葉
にして伝えなければ、それを相手は汲んでくれません。ぜひとも人間として生きて
いるのですから、言葉を使って意思の疎通をしてください。無言で何かが伝わると
思うことは大間違いであり、自分の飲みたい酒に近づくことはできなくなるでしょ
う。

 ただ、そこでバーテンダーと意識が合えば、望んでいた酒が出てくるでしょう。
それを共有し、更に新しい世界を作っていくことは楽しいことです。確かに面倒だ
と言われてしまえばそれまでかもしれませんが、それをすることでもっともっと楽
しみが増えることでしょう。

 酒に飲まれるのではなく、自らが飲む酒。幸せになる酒が、嗜好品としての世界
にはあるはずです。一方的ではなく、相互的な酒を楽しめる場所、それはカウンタ
ーという意思を伝えることが可能な場所ならば見つかるかもしれません。

@怖くはない、バーの扉
 はじめてバーの扉を開ける時は、緊張する。こんな言葉を耳にすることが多い。
確かに出入りしたことのない世界に足を踏み入れるという瞬間は誰もが緊張するに
違いない。けれどもただの飲食店であると思えば対したことはない。

 酒を知らないから入りにくいという人もいるが、誰も最初から酒を知っているわ
けでない。もちろんバーのカウンターに座っているお客様しかり、バーテンダーも
そうである。少しばかりの好奇心からその世界に入っていくのだ。それは酒だけに
限らずに、勉強もそうであるし、遊びもそうである。少しでも好奇心を埋め合わせ
るものが見つかったらまず試してみることだろう。そんな時は勇気を持って、バー
の扉を開けてみよう。

 今は情報時代でもあるので、色々な情報を駆使して、バーを探ってみれば、まず
ボッタクリなどの店に出会うことはない。

 バーテンダー協会のホームページの文章だからという訳ではないが、まずそのよ
うなお店が加盟しない団体などの情報を引き出すことは簡単だ。そして、その1店
舗の店から、更に新しい店の情報も手に入れることができる。

 パソコン上であれば、検索の方法を絞れば更にヒットしやすくなる。
 基本的にマシン検索などの検索エンジンを使用することをおすすめします。登録
制などの検索エンジンは現在、金を払った店が上位にくるようになり、本来の良い
店などの情報を引き出しにくいからだ。であるから、グーグルなどのマシンが良い
と思われる。

 検索エンジンのキーワードにまず「埼玉」「バー」と打ち込むと、さまざまな物
が出てくる。その中にはデート、二次会などというものもあるが、それを省いてみ
よう。「
(-デート)」「(-二次会)と打ち込んでみると、そのキーワードの入った店
が今度は表示されなくなるのである。消したい文字を小文字のカッコとマイナスと
いう記号を入れるだけで、キーワードから省かれる。そのように、必要な情報を得
て、いらない情報を消していくと、自分の行きたいバーが見つかるかもしれない。

 これはあくまでもやりかたのひとつであり、実際に見て、そして聞いて自分が行
きたいバーを見つけるほうが良いであろう。数店行き来する間に、さまざまなバー
を見て、自分の判断基準ができてくる。所詮、雑誌などに出ている店に行っている
だけでは、その情報にしか反応できなくて、自らの基準を持てなくなるだろう。決
してそれが悪い訳ではないが、自らの判断基準や楽しみを持っていると、先が存分
に楽しくなっていくと仮定される。踊らされて判断基準がない場合は、結局は次の
情報が入ってきた時にそちらの情報を優先して、結局はどこに自分の落ち着く場所
があるのかわからなくなってしまう場合がある。

 ぜひともバーは自分が楽しめる空間を探して欲しい。それは酒だけでは収まらな
いのだろう。そこに集う人たちや、店内の雰囲気、もちろん酒の種類や、求めてい
る物など、さまざまな要素がそこには必要だろう。だからこそ、自らの居場所を探
して欲しい。

 こんなエピソードがあったが、その人たちはバーの扉を開けた。

 複数で店内が見えないバーの前に立ち止まり、開けるのを躊躇したが、じゃんけ
んで負けた人間が開けることになり、扉を開けた。バーには入ったことがなかった
が、何となく扉が可愛く思えて扉を開けた。携帯の電波が来ない地下の店を探して
入った場所がバーであった。待ち合わせの店の名前を間違えて飛び込んだ店がバー
であった。

 他にも色々な話があるのだろう。そこにはバーであるゆえのエピソードもある。
小説などで有名なのはオキ・シロー氏などであろう。色々なエピソードが書かれて
いる。大人だからこそのエピソードである。いや大人ゆえのエピソードであろう。
決して子供たちが出入りできる空間ではない。これは年齢という意味ではない。そ
の点についてはのちほど、忘れなければ触れることにしよう。

 けれどもバーが入りにくいという点は別である。普通の分別さえわきまえていれ
ば充分である。

 きっと、素晴らしい世界があなたを待ち受けているのだろう。
 今は人間生活が、人間らしくできないからこそ、ストレスをためることが多い。
ウツの人が場合によっては、朝ちゃんと起きて、体を動かしたり、汗をかいたりし
て、仕事をして、食事をきちんと取る。それだけで治るケースもあるらしい。それ
がすべてではないが、原始の時代より、狩猟をし、汗をかいて、食事をする。まず
この人間的な生活が基本とならなければならない。それをしたら酒ははるかに美味
しいだろう。それができなくても、美味しいと思えるものを食するだけでストレス
は少なからず解消される。酒を飲めとは言わない。ただ、自分なりの楽しみを見る
ける中で、それが酒である場合、私たちバーテンダーは協力を惜しまないだろう。
そこには同じものを共有できる楽しみがあるからだ。

 恋人に自分の趣味を教えたり共有しようとその場に触れに行ったりなどがある。
それを分かち合えたときはどれほど人生が楽しく思えるだろう。バーテンダーはそ
れを仕事の中でやっている。「でしょ、おいしいでしょう」自らが認めているもの
を他の方が共有してくれる。これほど嬉しいことはない。

 バーの扉をあけてみよう。そこには新しい発見が、人によっては無いかもしれな
いが、眼をこらしてみると、少なからず転がっている可能性があると思うのは、私
だけではないはずだ。